知らないままに笑ってろ

「アキってかわいいよね」

 キルアとの会話を続けながら、頭の隅で、それまで感じていたゴンの視線にまったく別の意味を予想していたアキは、面食らってゴンを見た。よく通る彼の声は、傍で四次試験の会場となるゼビル島について話していたレオリオとクラピカの耳にも届いた。皆の視線が一箇所に集まる。

「……おまえ、いきなり何言ってんだよ」
「何って、キルアと喋ってるの見てて思ったから。海風に、こう、髪がサラサラ揺れてさ、」
「わああもういいもういい!聞いてるこっちが恥ずいっての!」
「どうして?キルアはそう思わないの?」
「おも…っ、わ、ねえよ!」
「うっそだぁ」

 トリックタワーを出てからまだ二時間も経っていない。にも関わらず、衣服と体のあちこちにちいさな傷や埃をつけたまま、少年たちの興味はもう別のところに向いている。この切り替えの早さがこいつらの強みだな、とレオリオは感心した。すこし羨ましくもあった。

「まあまあ、それくらいにしといてやれよ」

 だけどやっぱりこいつらはまだまだガキンチョだ、と彼はおもう。遠慮なんていらない。じゃれ合う二人に割って入って肩を組んだ。厭わしい顔をしてすぐさま腕をはらったのは、先ほどまでアキと機嫌良く話していたほうの少年だった。予想どおり。

「いいかゴン、あいつらはな、」

 左腕をゴンの肩に回したまま、もう一人にはねられた右手を口に添えて、レオリオは声をひそめた。

「本気すぎて言えねぇんだよ、分かるか?本当はおまえみたいに可愛いとか綺麗とか言いまくりたいんだ」
「あいつら?キルアと、あとは?」
「バッカおまえ、クラピカに決まってんだろ。ミエミエじゃねぇか、さっきから俺と喋ってんのにちらちら二人のほう気にしてよ、要するに揃いも揃って格好付けのヘタレなんだよ」
「オイおっさん」
「全部聞こえているぞ」

 やべ。短くつぶやき、恐る恐る振り返った彼の後ろには、左右均等な笑顔の裏にかつてないほどぴったり同じ感情を押し隠したようなキルアとクラピカの姿があった。般若だ。レオリオはそうおもった。
 そのとき、すでに甲板から船内へ戻ろうとしていたアキを追いかけようと、ゴンは仲間の悲鳴と助けを求める声を無視して駆け出した。

「待ってアキ!おれも行く」
「ちょっ、待っ、裏切り者おお!」

 船内に通じる扉に手をかけたまま、彼女は振り向き、ほんの一瞬だけ微笑った。四人にはそう見えた。
 さてしかし、なにに対して、あるいはだれに、笑いかけたのか。
 驚き、喜び、葛藤。おそらく彼らの脳裏を過ぎっただろういくつかの感情、その隙をついて、レオリオは持てる力のすべてを振り絞ってその場から走って逃げた。

(2011/09/14)

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