「銀ちゃん、銀ちゃん」
パチン、と小気味よい音がして、白い爪がつめきりの刃のなかに消えた。二、三回同じ音を立ててから、ちいさなつめきりを逆さに振る。広げた新聞紙の上にパラパラ落ちる、かつて銀ちゃんの一部だったものが、三日月みたいなかたちをしてまばらに転がっていた。
「今日はなんの日でショー?」
「言っとくけどうちにゴールデンウィークなどというチャラけた概念はないからな。んなもんなくったって毎日が日曜日みたいなもんだっつーのに……アッいま自分で言ってて悲しくなっちゃった、銀さん傷ついちゃった。神楽おまえ責任取って晩メシの買い出し行ってこい」
「何さり気なく当番押し付けてやがる天パ。全然違うヨ、今日は伝説の黄金の日アル。今年は、な、なんと!それが十日も続くのヨ奥さん!」
「だからそれがゴールデンウィークだろうがよ。つうか誰が奥さんだ、今度は誰に何吹き込まれた?誰が何と言おうと銀さん今日一歩も外出ないからね。大型連休なんかどこ行ったって人で溢れかえってんだからよ、わざわざ人混み見に行くようなもんだよ実際」
「『目指せ宝島!トレジャーハンターに俺はなる!』スゴくね?これスゴくね?銀ちゃーん、連れてってヨ」
「人の話聞いてる?」
「この麦わら帽子カッコよくね?」
街でもらったイラスト入りのかっけーチラシを顔面に押しつけてやると「真暗で何も見えません」というから、少しだけ距離を取ってもう一度頼んだ。
ねーお願いアル連れてってよ銀ちゃん。ねー銀ちゃん、ねーねーねー。
「だあっもう!るっせェェェェ!」
「てめぇの声のがうるせーヨ」
「神楽ちゃん!め!女の子がそんな言葉遣いするもんじゃありません!」
「銀ちゃんのがうつった」
「ちくしょう何も言えねえ!」
いい具合に銀ちゃんの血圧が上がってきたのがわかって、こころのなかでほくそ笑んだ。この男はなんだかんだで私に甘い、と、いつかうちのダメガネが漏らしていたのを私が聞き逃すはずがない。バイバイ退屈な休日。いま行くよ外の新鮮で騒がしい世界。人混みだってかまわない。たとえばこの駄目人間を絵に描いたような男が雑踏に紛れてしまったとしても、私ならすぐに見つけられるから。だから銀ちゃん、早く。
外は小憎らしいほどいい天気だから、忘れずに傘を持って。
「こどもは風のこ、おとなは太陽のこヨ」
いつまでもぐずぐずしている天パにそういってやったら、呆れながらも少しわらって、やっと重い腰をあげるのだった。
あの眼鏡もたまには役に立つこというじゃねーか。めずらしく土産のひとつでも買ってやりたい気持ちになった。銀ちゃんのポケットマネーで。
(2008/05/04)