着地したとき足の裏になにかやわらかいものを踏む感触があった。それに気をとられたモルジアナが視線を落とすのに気づき、マスルールは蹴り上げかけた右足をぴたりと止めた。
どうした、と低い声が短く尋ねる。
返事の代わりに、ファナリスのちいさな同胞は花びらのへばりついたじぶんの足の裏と、足下で踏みにじられた花の残骸を視線で追ってみせた。持ち上げた足の裏からほろほろと土が落ちる。土を追いかけるように、モルジアナの視線も地面に落ちた。
「……わたしは、壊すことばかりしている気がします」
野花をひとつだめにしたくらいで落ち込むような愚かしさを、この娘と同じ年端であったじぶんは果たして持ち合わせていただろうか。マスルールは思い出そうとしたけれども、うまくいかなかった。こどものきもちは、かれにはもう、よくわからなかった。かつてはじぶんも確かにそこにいたはずなのに。
同じ視線できもちを汲んでやれないのならば、彼女よりも長くこの世界を見てきた年長者として、とも考えてみたが、結局、言ってやれることなどなにもなかった。
他者と比べて大きすぎる己の力が、救えるもの、壊すことと守ることの差異、それらはじぶんで見つけなければなんの意味もない。
折れた茎の先に残った花を、マスルールは黙って拾いあげた。
「バルバッドの王子が花で冠を作っていた」
モルジアナは、きょとんとした顔で目の前に屈む男を見おろした。このひとはいったい何の話をしているのかしら、とでもいいたそうに。
彼女の前に片膝をついた姿勢のまま、大きな手が懸命に細い茎を結ぼうとしている。
「かれは器用だな。俺には真似できない」
マスルールの指に比べれば、アリババのそれは女性のように細くうつくしい。下手をすればわたしよりも華奢かもしれない、とモルジアナは思った。
手のひらを合わせて大きさ比べをするところを想像して、口元がゆるむ。
――同じおとこのひとでも、こんなにも違う。種族の違いのせいかしら?
彼女を呼ぶ声だって、マスルールよりもずっと高く明るく、――ああ、でも…、ふと少女は気づく。
そういえば、いま目の前にいるこのひとは、あまり他人を名前で呼ばない。
「モルジアナ」
ちょうどそのことを考えていた傍から名を呼ばれたので、とても驚いた。
左手を掬い上げられて、小指になにかを巻きつけられた。かれはそっと手を離す。いびつなかたちでそこに咲くのは、モルジアナの踏んでしまった花だった。
「やる」
まじまじと左手を見た。
なんだかそれはじぶんの手ではないみたいな気がして、何度か指を動かした。間違いなくじぶんの手だ。
アリババに比べれば、マスルールは言葉数だってずっと少ない。
だけど、ふたりとも、同じくらいやさしいのだと、モルジアナは知っている。
「花の、ゆびわ」
声に出していってみた。胸にともるなんともいえないくすぐったさ、その輪郭を、ずっとずっと、忘れてしまわないように。
(2012/8/4)