2.

 キルアと名乗った少年と次に顔を合わせた時、彼の隣には活き活きとした生気に満ち溢れた、彼と同じ年端の少年の姿があった。その数歩後ろで、どちらかと言えば私と歳の近そうな青年二人が、興味深そうにこちらを窺っている。
 視界を流れる景色の変わり映えのなさに未だ地表の下を走っているだろうことは察し得るものの、自分達の現在いる場所はどの辺りであるのか、あとどれほど走り続けなければならないのか、距離は、時間は?少しずつ焦りの見え始める受験生達を尻目に、あるいは前後左右にいつ敵となってもおかしくない他の受験者達が控えていることも忘れてしまったかのように、私を挟んで彼らは平然と会話を弾ませた。

「キルアの知り合い?あ、もしかしてお姉さん?」
「どこをどう取ったらそう見えるんだよ。全然似てねーじゃん」
「おい、まさか彼女じゃねぇだろうなぁ?俺を差し置いて年上の彼女と仲良くお受験ってか?許せん…!」
「レオリオ、少し黙っていてくれないか」

 思い思いに話す彼らの傍に在ることは、不思議と不快ではなかった。元来、騒がしさの中に身を置くのは嫌いではない。ただし、自分は蚊帳の外でいい。祭事は少し離れた所から眺めている方が好きだ。

 (――馬鹿言うな、祭りは眺めるもんじゃなくて参加するもんだ。)

 同じことを私が告げた時、あのひとはそう言った。
 核心を突くだけ突いて、多くの心を惹きつけて止まず、しかしこの手に捕らえようものなら雲のように指の間を容易くすり抜けて行ってしまうひとだった。今もどこかでそうして生きていることだろう。その消息は誰も知らないか、知っているが固く結んだ唇を割ろうとはしないかのどちらかであった。安易に語ることを善しとしない後者が、彼に口止めをされた訳ではなく、彼から自由を奪いたくないという一種のエゴイズムに乗っ取って自ら口を閉ざす共通点は、彼を知る者にとっては深い納得を、知らぬ者にとっては取るに足りない疑念を与えることだろう。

「ねえ、お姉さん今いくつ?」

 取り留めのない思考に割って入るように、畏れを知らない瞳が問い掛けた。出会ってから一度も私が表情筋を弛ませていないことなどお構いなしである。
 この無邪気なまでの人懐こさは私に誰かを彷彿とさせた。

「ゴン、女性に対して無闇に年齢を訊くものではないよ」

 穏やかに窘めた声に振り返ると、金髪の隙間から覗く鳶色の瞳がこちらを見ていた。ぶつかった視線を無下にはできず、しかし愛想笑いを振りまく性分でもないらしく、彼は静かに眼を伏せた。
 すっきりとした輪郭にかかる黄金色の髪は細く、陽光を浴びればさぞかし美しく輝くことだろう。少しだけ、地上に出たい気が急いた。

「別にいい、気にしてないから。今年で十七」
「じゃあ、俺とキルアより五つ上だね」
「その歳でハンター試験を受けるなんて、すごいのね。あなたもキルアも」
「そんなことないよ。だって俺の親父も俺と同じ歳でハンター試験を受けたんだから」

 それに俺はまだ受かってないしね、と謙虚さを付け加えて、少年は前を見据える。
 希望に満ちた展望と内面に即した強い意志の汲み取れる、喩えるなら雲ひとつ漂わぬ快晴のような、光と温度に溢れた眼差しであった。

「あ、名前!まだ言ってなかったよね?俺はゴン。お姉さんは?」
「……アキ」

 ただ全身を覆うだけの、未だ未発達のオーラが、それでも彼の真性を表しているのだとしたら。同じ受験者ながら思わず彼を応援したくなるこの気持ちも単なる気紛れではないだろう。
 生物が生まれながらにして持つオーラの真意に近づいた時、この子がどんな風に変わるのか、少なからず興味が湧いた。

(薄紅の予感、そう今は予感)(2007/02/03)

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