9.

 久しく顔を合わせていない恩人の血に連なる者が眼前に在るというだけで懐かしさが込み上げてくるのだから、人間という生き物は存外単純にできている。

 両親を亡くした夜から四年間、ともすれば私を安全な集落に置いていこうとするジンの背中を必死に追いかけ続けた。
 四年の間に、私がジンに抱いた感情は実の親に向ける思慕の代用だったのか、雛鳥が初見に刷り込まれるようなお門違いの信愛だったのか、それとも一人の女としての恋慕だったのか、明確な答えは見い出せないまま有無を言わさず一人立ちを強いられた(それはそれは突然のことで、私が現状を把握したときにはもう、彼の姿はどこにもなかった)けれど、もう一度あのひとに会いたいと思うこの気持ちだけは、勘違いでも刷り込みでもなく確かな私の意志だと信じている。

 ゴンには手短に、ジンを知っている、とだけ告げた。最終試験の合格が決まり、不自然な形で試験会場を後にしたキルアと再会を果たすという目的を持って、エアポートで飛行船を待つ間のことであった。
 驚きを露にしたゴンの傍らで、よかったなあゴン!、と声をあげたのはレオリオである。早速手がかりが見つかったじゃねぇか、そう継がれた言葉には同意せず、但し知っているのは二年前までのジンで、彼が今いる場所は検討もつかないと言い加えれば、当の本人からではなく、やはり外野から落胆の声が返ってくるのだった。

– –

 普段から周囲の気配を読み取る癖がある為に、私がジンの話を始めて間もなくクラピカが少し離れた場所にその身を移したことには気づいていた。会話にきりをつけて、彼の隣まで歩み寄る。敢えて気配は消さないまま。 

「君が言っていたハンターとは、ゴンの父親か?」

 予想外だったのは、彼がこちらを振り向かなかったこと。尤もらしい理由をつけて、何でもないていを装うものとばかり思っていたクラピカは、しかし神妙にかしこまった声を出した。

「志望動機のことを言っているのなら、そうよ」
「世間が狭いとは正にこのことだな」

 そこに彼の不機嫌になる要素などひとつもありはしない。
 なのに、どうして。
 拗ねたこどものように仲間のもとを離れ、今だって私の目を見ようともしない。……拗ねたこども?

「まさかとは思うけど、会ったこともないジンに嫉妬してる?」

 欲しかったのは肯定ではない。戯れの冗句を受け流すことで少しは緊張を解いてくれればいいと、望んだのはそれだけだった。それだけだったのに。いつまで経っても返事をよこさない彼を覗き込んだ、その顔には、こちらの鼓動を打つほどの動揺が見てとれた。
 思わず私は彼の名を呟いた。他に間を正す言葉が見つからない。頬に熱を帯びたまま深く顔を背けた彼の動揺が伝染したのかもしれなかった。

 遠くから(のように思えただけで、実際は数メートルしか離れていない)二人分の名をなぞる少年の声。一拍おいて答えた声は僅かに上擦っていた。私のものではない。
 いまここで彼を形成するものすべてが、私のなかの何かをゆるやかに崩していく。ひとりでに疼く感情の治め方がわからない。きっとこれこそが、ほんとうの。答えはすでにこの胸にある。

(集束する恋慕)(2007/10/28)

<前   次>

<<