「これはさあ、なんていうか、自慢とかじゃ全然なくってあくまで純粋な疑問として聞いてほしいんだけど、」なんて、うだうだ前置きされたところで俺はすでに聞く気を失っていた。
久しぶりにシャーペンを握った右手がだるくてしかたない。ノートに字を書いたのなんて本当、いつ以来だっけか…。……、だめだおもいだせねぇ。とにかく、ずっと前だ。だから力の入れ具合がわからなくてシャーペンの一本や二本を折るのは当然といえば当然のことだった。三本目に借りた鉛筆を折ると、小春はもう何も貸してくれなくなった。そうして俺は、折れた鉛筆をちびちび使って将来何の役に立つのかちっともわかんねーようななんたら方程式を解かなくてはならなくなったわけだ。やってられっか馬鹿野郎!
「飛影はなんでわたしを殺さないんだろうね」
「……つーか、そもそもそれは自慢になんのかよ」
「なるでしょ。みんながみんな幽助みたいに当たり前な顔して飛影の近くにいられるとおもったら大間違い……あ、そこ違う」
「あァ!?言われたとおりやって…、」
「ここ。七かける十二がなんで八十五?八十四だよ」
「似たようなもんじゃねーか」
「あんたよくそんなんで螢子ちゃんと賭けなんかしたね」
ついに右手が音を上げて、鉛筆がテーブルの上を転がった。両手を組んで背すじを伸ばすついでに後ろへ倒れこむ。意識のとおくで小春が何かいってる。聞き取れない。都合の悪いことは聞こえない自慢の耳だ。
これっぽっちの宿題なら、あいつはとっくに終わらせているのだろう。結果なんて端から見えていた。だが売られた喧嘩は買わねばなるまい。そんでやれるだけやってみた。五分は耐えた。表彰もんだ。
「最初はさ、本気で殺されるかとおもったんだよ。目の前に刀突きつけられて死なないとおもうほうがどうかしてる、でも現にこうして生きてるし、それどころか傷ひとつもらわないのはなんで?もしかして全然眼中にないってこと?」
俺をおこしてふたたび数字と格闘させることはどうやら諦めたらしい。いよいよ話を詰められるとして、むしろ待ちに待った瞬間を迎えたようにも見える小春の口からすらすらと淀みなく流れ出た言葉は、おそらくこれまでにも幾度となく己に問い掛けたことなんだろう。
そんっなくだらねえことでいつから悩んでたんだか。頭いいくせに案外なんもわかってねーのな。
まどろむ意識のなか、いつも彼女の死角から睨むように小春を見ている飛影の顔が一瞬浮かんで、あっというまに弾けて消えた。宿題を見てもらった礼に、今度あの天邪鬼に会ったら鏡か何かで背後を盗み見てみろ、と教えてやろうかとおもったが横になったら一気に眠気が襲ってきたからそれはまた明日、覚えていたら話してやることにする。
(2007/12/28)