冬のぬけがら

 あかいいろの夢を見た。ここのところとんと見なかった胸くその悪い夢だった。理由なんてわかりきってる。ばかあにき…、だれに聞かせるでもなくつぶやくと、乾燥した空気が唇と喉に張りついた。冬の気配。首筋をひやりと撫ぜる冷気に気づいて慌ててふとんを引っ張りあげる。
 この星の冬は、だけど少し暖かい。かつてわたしを育んだ星に比べれば、ずっとずっと暖かい気がするのだ。

「……銀ちゃん?」

 隣に並べ敷いた布団がもぬけのからになっていた。なかなか寝つけなかったわたしは昨夜この部屋に潜り込んだのだった。さも鬱陶しいような態度を見せた銀ちゃんは、けれど、すげなく追い返すことはしないと始めからわかっていた。
 自分以外のだれかに受け入れてもらえることの、信じられないほどの温もりと安堵を、兇悪な本能の赴くままに生き己に見合う強悍な敵を求めるばかりのあの男はきっと知らない。

「呼んだか?」

 ふすまを引いて、銀ちゃんがひょっこり現れた。寝巻きの甚平姿のままだらしのない立ち姿でそこにいる。これがほんとうに夜兎の頂点から常夜の街を解き放したにんげんだろうか。疑いたくなっても仕方がない。だけど、だからこそ、あるいは、と考えてしまうのだ。あるいはこのひとにならば、神威を、……。
 否、と、こころのなかでかぶりを振った。
 地球に根を下ろして以来、すっかり彼を当てにする癖がついてしまった。そんなのはだめ。いつかそのときがきたら、わたしは、わたしの持てるすべての力だけで兄に向かっていく。覚悟を決めなくては。

 隣のそれよりもひとまわり以上もちいさなぬけがらを残して、布団の暖を手放す代わりに、天然パーマの木によじ登った。

「おいコラ猿かおまえは」
「猿じゃないヨ。コアラ」
「どっちにしろ俺ァ木かよ」
「こんなところに突っ立ってるのが悪いアル。なぜ登るのか?そこに山があるからヨ」
「おめェはほんと口ばっか達者になりやがって……どこでそんなこと覚えてくんのよ?」

 ぶつくさいいながら、天然パーマの木は布団のぬけがらをつぶして、たたんで、押し入れに片づけ始めた。わたしを背中にぶら下げたまま。ただし、一人分だけだった。
 自分の分は自分でしまえよ、といかにも真っ当なことをいわれたので少しムッとして、背中からずり落ちるときにわざと手をかけて髪を数本引っこ抜いてやった。大袈裟に悲鳴をあげる銀ちゃんに、大丈夫、とわたしはいった。

「大丈夫、毛根が死滅してもパピーの育毛剤コレクションがあるヨ」
「やかましいわァァ!」

(2009/03/15)

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