十二本の手足を持つ怪物は、無数の生を紙屑のように破り捨ててきた業突くな怪物は、赤く染まりゆく視界の向こうでもはや物言わぬ肉塊として打ち棄てられていた。
報復は、与えられた。この手を伸ばしても届かぬところでこの目を凝らしても届かぬうちに。しかしそれを復讐と呼べるかどうかは判らなかった。かつて残虐の限りを尽くした男は私の内に燻る憎悪を知らぬまま二度とその指一本でさえも動かしめることはない。そして彼らの手を離れた同胞の無念は未だ安らぎを知らず、好奇の目に晒され続けている。それならば。自分の為すべきことは一つである。
(――旅団の頭が死んだ以上、私はゴンの言うとおり……。)
二つの大きな展望のうち、残された一つは比較的容易な方で、いまの自分にならできないことではなかった。けれど。仲間の眼を総て取り返して手厚く葬った後、自分は一体どこへ向かえば良いのだろうか。その先に続く道はあるのだろうか?判らなかった。ただ未来という漠然としたものが当て処なく広がる事実だけが眼前に横たわっている。
しかし自分はその解を見つける前に、そもそも解を探す暇すら与えられずに、再び復讐という名の業火に焼かれる定めにあるのだった。
『 死 体 は 偽 物 』
携帯電話の小さなディスプレイに表示された機械的な文字に激昂が息を吹き返す。まだだ。まだなにも終わってはいないし、それどころか始まってすらいない。蜘蛛は生きている。状況は少しも転じてなどいなかったのだ。
—
「うれしい?」
ヒソカから受け取ったメールは疑いようのない事実である。一刻も早く行動に出るべきだというキルアの見解は正しい。だから必要最小限の変装以外に手間をかけるつもりはなく、彼女もそれをよく理解していたので、おそらくメールの内容を知ったときから口にしたかったのであろう科白を、レオリオの回す車を待つ僅かな隙に言って寄越した。
「この状況で何を喜べというんだ」
「その手で殺せる機会が残っていることを」
聡いことは必ずしも長所ではない。それを私はいま知ったよ。しかしありのままを伝えることは彼女の言葉を肯定するのにほぼ等しく、私はそれを許すわけにはいかなかった。寄せては返す陰鬱な感情がひとたび溢れてしまえば、自分を見失わずにいられる自信が、私にはない。
「多くの復讐者は、その目的を成し遂げた瞬間から被復讐者になるものよ」
日没の少し前から降り出した雨はいよいよ本降りになり、白く煙った外の景色はどこか現実味がなかった。視界と共に思考の鈍る錯覚も、けたたましく地表に叩きつけられる水滴も、このときばかりは都合が良かった。たったいま雨音に溶けていった声の紡いだものが、たとえ真理だったとしても。もう少し、あと少しだけ、気づかないふりをさせてはくれないか。彼女のなかのなにかに縋るように沈黙を置く。蜘蛛に対する理性は疾うに捨ててしまった。いまはまだそう信じていなければならない。
大袈裟にクラクションを鳴らして近づいてくるレオリオの、車のライトに目が眩んだ。
(ノイズの中に紛れて消えた)(2008/10/25)