あれだけの距離を走っておきながら平然と一次試験をパスした彼女は、どこにでもいる華奢な女性に見えても、やはりハンターを志す者なのだ。常人とは異なる世界に身を置く者はまず視線の配り方からして違う。彼女と、彼女を我我の傍まで誘った少年の二人はその典型であった。二次試験が終わるまでの、渦中に在っては気の遠くなるほど長いのに終わってみればいとも短いように思える時間において、二人の非凡さは早くも頭角を現し始めていた。それを認める傍らで、表情こそ変えなかったが、ゴンやキルアを見るアキの眼が時折穏やかになることを私は見逃さなかった。
一番始めに彼女を見つけたのは自分だとキルアは吹聴するが、それが何だと言うのか。私は私の眼を以て彼女を見定めるだけだ。そこに順位など関与する余地もない。
けれども、一見情に薄く思える彼女がその瞳に小さな変化をもたらした時、逸早くそれに気づいて宝物のように所有権を得たくなるキルアの気持ちは正直解らないでもなかった。
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「六年前、今でも最も尊敬する一人のハンターに出会ってから、ハンター以外の職業に魅力を感じなくなった。それが理由よ」
三次試験会場へと向かう飛行船の中で彼女が私に語ったのはそれだけだった。表現が少し婉曲すぎると非難する間もなく、クラピカは?、と当然のように質し返されたのは社交辞令ではないと信じたい。彼女自身から湧いて出た純粋な疑問なのだと、そう思いたかった。自分が彼女に興味を持つのと同じだけ、彼女にも自分に興味を持って欲しいのだと。気づいていた。
「……クルタ族を、知っているか?」
「聞き覚えはある。でも詳しくは知らない」
「『緋の目』のことは?」
「ヒノメ……、緋の目?世界七大美色の?」
「そう、そしてそれはクルタの血統にだけ受け継がれる。故にクルタ族は傲慢で下卑たコレクター共の恰好の標的となった。私はその生き残りだ」
極めて端的な説明であるにも関わらず、アキは要領を得た様子だった。しかし同情するでも、慰めるでもなく、ただそこに座っている。それでよかった。無感動に見える面持ちのなかで、褐色の瞳が僅か揺らぐ。それだけのことで。我知らず満たされた。
「クラピカの気持ちはクラピカにしか解らないけど、置いていかれる痛みなら知ってる」
窓の向こうで吹き荒ぶ風は厚い硝子を隔ててなお、こちらにその存在を印象付けた。震わせたのは音としての空気ではなく、目の前の硝子。窓に触れた指先が小刻みに震えている。見た目にはほとんど解らずとも、内側では確かに揺らいでいるのだ。今の彼女は限りなくそれに近いように思えた。
「私も生き残った側の人間だから」
常と変わらぬ冷静な声で告げる、その一方で、微かに震えた手を誤魔化すように固く握るまでの刹那をやはり私は見逃さなかった。
(蹲る身体を貫き去る風)(2007/04/01)