7.

 五つの感覚と一つの直感を持ち前の才で研ぎ澄ませて他人に与える印象まで慎重に選び抜くタイプの人間は、焦りや動揺に触発されてつい口にしてしまった本心を咄嗟にカムフラージュすることにさえ長けている。我に返ったその瞬間をも悟られまいとし、先の言葉のどこにも重要性はないのだと、不自然でない程度に会話を流すことで相手の思考を暗に導く巧みさといったら。しかしながら、一度こちらの印象に残ってしまえばそれを取り消すことはできない。どんなに上手く舌を回しても。
 ――キルアの科白の行間を、今はまだ読むべきではない。
 理屈よりも先に立った感情が私にそう警告する。彼自身が手探りで触れたばかりのそれに自分が先回りして気づくなんて、あまりにも。……きっと私の思い過ごしだ。言い聞かせるようにして、解きかけた鍵を記憶の端へと追いやった。
 すべてを明らかにすることは必ずしも正しい選択ではない。知る必要のある真実は、ほんとうに知るべき時にこそ、音もなくこの手に触れるものなのだ。それを攫うか掴み損ねるかはいつだって自分次第。

– –

 ハンター試験に臨んでからいくつもの朝を迎えたが、朝と夜が代わる代わる姿を見せるように、永遠に続く物はない。終わりは必ず訪れる。その先果たして喜悦に笑うか、無念に沈むか、ここが最後の正念場だった。

 最終試験の合格要件はたったの一勝。
 しかしその一勝を得ることが、トリックタワーでの三次試験、ゼビル島での四次試験、今期の試験では特段難易度の高いそれらを乗り越えてきた者達の意地とプライドを賭けた決闘においてはどれほど困難なことか、私達は第一試合から目の当たりにすることとなった。

「――親父に会いに行くんだ」

 刀の切先を突き付けられたゴンの額から血が滴る。少年は怯まない。仕込み刀の向こうから対戦相手が声を張り上げて敗北宣言を促しても、折られた腕の痛みを以てしても、少年の眼は翳ることを知らない。この愚かしいまでの頑なさと、それを貫き通すだけの強い意志に、初めて会った時よりも明瞭な既視感を覚えた。――しっている。ゴンと出会うよりずっと以前から、私は。あれと同じ瞳を、あのひとの傍で何度も見てきた。
 半ば確信に近い予感を携えて、大きな四角い部屋の中央で睨み合うゴンとハンゾーに視線を置いたまま、私の隣で比較的冷静に観戦しているキルアにゴンの父親の名を質した。少し離れた場所で同じくゴンを見守るレオリオとクラピカの二人は、今にも飛び出して行って彼の対戦相手である忍の末裔に襲いかかりそうな形相で、必死に己を律している様子である。

「いや……。聞いても俺、ハンターの名前とかあんま知らねーし」
「ゴンのファミリーネームは?」
「フリークス。ゴン=フリークスだよ」

 ゴン=フリークス……、噛み締めるように口内で呟く。
 ――ああ、どうして。総てに納得がいってから漸くそれを知るなんて。こんな所で会うわけがないとどこか盲目的になっていたのだろうか?何度も覚えた既視感の正体に今まで気付かなかったことの方が不思議なくらい、彼はジンに似ていた。

(輪郭がぼやける恍惚)(2007/10/11)

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