「――目が覚めたか?」
気がつくと見知らぬ場所に横たわっていた。何があったのか思い返す気力もなく、ただ瞼を上げただけの何も意識できない瞳で呆然と天上を見つめるばかりであった。
「ここは町外れのホテルだ。おまえの家は血まみれだからな、おまえの師匠に運ばせた」
安心しろ、俺はおまえの師匠のダチだ。――聞いたことのない声が淡々となにかを話している。その程度の認識のなか、ひとつの言葉だけが滑るように頭に入った。ちまみれ。男はそういった。まさしくそのとおりだ。なにもかもが、血に濡れていた。
「なんで、わたし……生きて……」
「覚えてないのか?」
「覚え、てる……。お父さんも、お母さんも、殺された」
言葉にした途端、堰を切ったように目から滴が溢れた。霞む視界の向こうで、師匠の友達だと自称する男が言った。
「朝になって俺たちがおまえの家を訪れた時、血溜まりの中におまえの両親と、密猟の常習犯二人の遺体が転がっていた」
「……あいつら、死んだ……?」
「ああ。外面も内臓も見るも無残にな。やったのは……状況からして、おまえしかいない」
にわかには信じがたい話だった。……けれど。断片的に蘇る記憶を辿れば、私は確かに二人の男の最期を思い出せる。
どろりと赤く、絨毯のように床に沿う血溜りのうえで、壊れた人形のように手足を放り出して横たわる男――生死はわからない――を横目に、必死の形相で逃げ惑うもう一人の男。恐怖に身を捩じらせながら、何かを叫んでいた。
(……あれを、私が?)(ころされた、ころした、どちらが、どちらを、?)(だれがだれをころしたの)
( ――ッ……ば、化け物……! )
――ああ、そうだ、
それをいった男の眼球には、確かに私の姿が映っていた。
少しずつ、事実が現実味を帯びてくるにつれ、手足は冷えて震え出し、呼吸は乱れ、しかし体の異常なぞ無関係とばかりに頭のなかはどんどんクリアになっていく。流れ出る血液はまっさらに赤く、けれど血溜りは黒く、見たこともない恐怖に染め上げられてゆく光景、耳の奥で男の悲鳴が木霊する。銃声。扉の向こうに消えた父の後姿。人形のように引き摺られた父の生気のない顔。暗闇のなかの覗き穴。母の手に包まれる感触。閃光。割れるような銃声。流れても流れても止め処なく溢れ出る、どろりとあたたかな赤色。鼻腔の奥をつく異臭。なにもかもが、鮮明に蘇る。知らない間に人を殺したことの恐怖も、両親を失った深い絶望と悲しみも、筆舌し得ない痛みとなって私のこころを切り裂いた。
「おまえのは正当防衛だ。……だが、気に病むなとは言わない。おまえも念能力者の端くれなら絶対に忘れるな。念は使い方を誤れば容易く命を奪える凶器になるってことをな」
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それから数日の後、両親のために墓を建ててくれた師匠は、身寄りのない私を友人のハンターに預ける算段をした。
そもそもはあの惨事があった日の翌日に、弟子である私を紹介するつもりでわざわざ外国から呼び寄せた友人であったらしい。とても優秀なハンターで、自分が今まで出会ったなかでは最高の、しかし掴み処のない男だと、師匠は言った。私を預ける話も随分渋られたが、いつもすぐ傍にいながら肝心要の時に私の両親を救えなかったことを深く自責する師匠は、両親の忘れ形見である私に今後一切関わらないことを父の墓前に誓い、弟子のためにできる最後のこととして、全身全霊で友人を説得したのである。
師匠の友人は、名をジン=フリークスと言った。
振り返るたびに胸を抉るばかりの過去を、少なくとも、生きてゆくのに支障をきたさない程度に己の内に飼いならすことができたのは、私を責めもせず、慰めもせず、ただ傍に在って自分の描いた未来へ迷いなく歩き進めるジンの光が、暗闇から這い上がる力をくれるように私を照らし続けたからだ。私にとって、ジンは奇跡だった。あらゆる意味で、良くも悪くも。
彼を連れてきてくれたことに感謝こそすれ、両親を救ってくれなかったと師匠を責めるつもりなどないことを、十一歳の私に代わっていつか伝えに行けたらいい、と、いま心から思う。
(ノスタルジィさえあなたのもの)(2007/10/21)