ここのところ、すっきりしない天気が続いていたけれども、その日は朝から透きとおるような青空が広がっていた。なずなのこころもそれと同じくらい晴れやかであった。半助に仕事を頼まれたのだ。
火薬委員長である五年い組の久々知という生徒に、指定された火薬を指定された場所に届けるようになずなの傍を離れなかった半助の徹底ぶりが、最近では幾分かやわらいだ、今回の使いはその良い証拠で、なんだか信頼を得たような気持ちがして嬉しかった。彼女は五年生の教室まで急いだ。
なずながそこへ着くと、教室の前に誰かが立っているのが見えた。声を掛けようと近寄りかけたとき、相手のほうから振り向いた。なずなは息を飲む。相手は彼女とそっくり同じ姿をしていた。
「あなたは、だれですか?」
「そういうあなたはだれですか?」
なずなの姿をしたなずなではない女が聞き返した。顔には笑みを浮かべている。
対するなずなは、はじめこそ驚きを露わにしていたが、やがてふわりと微笑んだ。
「ご無礼をいたしました。相手の名を訊ねるときはまずじぶんから名乗るべきでしたね。わたしはなずなと申します。あなたは?」
「この状況で冷静にそんなこと言うなんて、あんた変わってるな」
女はさっと飛び上がり、ひとつ身を翻せば、瞬く間に青い忍装束を着た少年の姿になった。
「五年ろ組鉢屋三郎です。以後、お見知りおきを」
「鉢屋さん、」
「うわ、やめてくれよそんな呼び方。三郎でいい」
あからさまに顔をしかめるのが微笑ましく、なずなは素直に呼び直した。
「では、三郎、先ほどの変装大変お見事でした」
「これでも変装の名手と呼ばれておりますれば」
「あら、ではいまのそのお姿も?」
三郎はきょとんとした顔でなずなを見た。的外れなことを言ってしまったかとおもい、なずなは詫びの言葉を口にしようとしたが、それよりも先に三郎のほうが口を開く。
「鋭いなあ、見かけによらず」
素顔を隠す仮面のうえで、少年は小憎たらしくわらってみせた。